有閑イラストレーター、タナカリヨウスケが、常々疑問に感じていることを「ああでもない、こうでもない」とこねくり回し、結局放置する妄想コラム。

【第4回】異次元の扉をコネコネ

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H・G・ウェルズといえば、E・A・ポウ、J・ベルヌとともに、SFの礎を築いた人物の一人として知られていますが、彼の短編の一つに『白壁の緑の扉』という作品があります。

粗筋をザッと申し上げますと、主人公の少年がある時、白壁に緑色の扉を発見します。

扉を開けて、中へ入ってみると、そこにはこの世のものとは思えない、美しい庭園が広がっていて、美女たちや動物たちと、楽しいゲームなどをして夢のようなひとときを過ごしました。

少年はその後、人生の様々な場面で、その扉に遭遇しますが、毎回何らかの理由で、その扉を開ける機会をことごとく失います。

月日は流れ、すっかり大人になった主人公は、今度扉を見つけたその時こそ、と思っていたある日ついに・・・というようなお話。
私は、この小説を、小学生か中学生の頃に読んで、深く感銘を受けました。

そして、いつかこの扉に出会ってみたいと常々思っていました。
そんなある時、ついに私はその扉に遭遇したのです。

扉の向こうに広がっていた風景、そこでの素晴らしい体験は、筆舌に尽くしがたいのでここでは書きません。そして、残念ながら、絵にも描けない美しさだったので、イラストにもできません。

 

しかし、今回は、そんな扉と出会うコツを貴方に伝授したいと思います。

「そんなバカな〜」とお思いになるでしょうが、実は異次元への扉は、町の至る所に存在しているのです。

 

私たちは普段、森羅万象さまざまなものに囲まれて生きています。

しかし、それらが存在すると信じているのは、私たちがそれを触ったり、見たりしているからに過ぎません。

つまり、この物質的世界は、私たちの意識が支えているのです。

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例えば今、あなたはリンゴを見ているとします。

しかし、そのリンゴが、あなたが見ているように存在しているのは、あなたの視線と脳の認識によるものなのです。

実際、その裏側はハリボテに過ぎないかもしれません。

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前置きが長くなりましたが、異次元への扉は、そんな人間の意識のエアポケットにこそ存在するのです。

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普段、あまりに平凡で見ているのに、あえて意識を向けないところ・・・例えば、鉄柵の間、室外機の中、壁の穴、自転車タイヤのスポーク、階段の下etc、そんな所に扉は開いているのです。

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しかし、そこに入ることはそうそう容易くはありません。

なぜなら、扉を認識した途端、物質的世界は強固なものになり、扉は固く閉ざされてしまうからです。

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そこで重要なのが、「周辺視野」での認識です。

視野に入るか入らないかのギリギリの所、認識するかしないかのギリギリの所を保ちつつ、その状態を保ったまま、体を境界の向こうへと運べばいいのです。

これには大変な修練が必要とされますが、異次元の素晴らしさは、その修練の困難を遥かにしのぐものです。

異次元に憧れている方は駄目もとで是非一度お試しあれ。

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最後に、蛇足ではありますが、異次元を訪れたときの様子を少しだけお話しします。

そこは非常に美しい世界だったのですが、宙空に、人間の指の第一関節が浮いているのを度々見かけました。

住人に聞いた所、「恐らく、現実世界で、誰かが鼻をほじっているんだろう」ということでした。

鼻の穴に異次元の扉が通じることは時々あるそうです。

あなたも鼻をほじる際はご注意を。


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