薦められたがりのイラストレーター小宮貴一郎が、誰かの好きなものをジャンルを問わずに教えてもらい、それにまつわる事や感想を書いていきます。

【第1回】藤本愛さんから「続・夕陽のガンマン」


こんにちは。退屈をしております、小宮と言います。

手探りの第一回目。募集前ですのでデザイナーの藤本愛さんにお願いして「続・夕陽のガンマン」を選んできてもらいました。初回は映画です。
作品の概要は、

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「続・夕陽のガンマン」

1967年/イタリア

監督/セルジオ・レオーネ 製作/アルベルト・グリマルディ 脚本/ルチアーノ・ヴィンセンツォーニ、トニオ・スカルペッリ、セルジオ・レオーネ 撮影/トニーノ・デリ・コリ 音楽/エンニオ・モリコーネ

出演/クリント・イーストウッド ジョーリー・ヴァン・クリーフ イーライ・ウォラック他

「マカロニウェスタン」と呼ばれる1960年代頃からイタリアで作られ始めた西部劇で、「荒野の用心棒」「夕陽のガンマン」に続く三部作の最後の作品として有名。

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という感じです。

タイトルの”続”が気になりますが、原題は「The Good,the Bad and the Ugly(良い奴、悪い奴、汚い奴)」といってSunとかGun manとか書いてないです。
それじゃ前作の「夕陽のガンマン」との繋がりは?とそっちの原題を見てみると「For a Few Dollars More(もう数ドルのために)」といって二つの作品に直接の関係は無いようです。内容的にも続きではありません。そもそも「続・夕陽のガンマン」に夕陽のシーン無いですしね。昼間ばっかで。でも青い空がきれいで印象的です。

ちなみに、気になる三部作の残り、一作目の「荒野の用心棒」の原題は「A Fistful of Dollars(一握りのドル)」といって、タイトルだけ見るとこっちの方が二作目と関連ありそうな感じです。と言いつつ、やっぱり直接の関係は無いです。

ややこしいですが責める気持ちは湧きません。当時はお客を呼ぶために、そういう“翻訳”が必要だったのかも知れないと納得しました。

さて、そんなどっから見てもいい三部作、三作目のストーリーは、南北戦争(1861~65)時代のアメリカを舞台に、良い奴、悪い奴、汚い奴の三人によって大金を巡る三つ巴の争いが展開していく。というシンプルなものです。
‥が、撮り方や演出にとても特徴があって、例えば壮大な大自然の後、急に男の顔が超アップで出てきたり、少ないセリフの代わりに音楽で場面の説明を補足していくなど、ともすれば過剰で笑ってしまいそうだけど‥やはり盛上がってしまう。という独特なバランスの取り方がなされていて、そこが観ていて気持ちいいとこでした。

主演のクリント・イーストウッドについて、同世代の30代半ばくらいの人だったら、最初にはっきり名前を意識したのが「バック・トゥ・ザ・フューチャーⅢ」という僕と同じような人いるんじゃないですかね。
1885年にタイムスリップしたマーティーが咄嗟に名乗るのを「オイオイ、それは西部劇でショ!」って客につっこませるギャグとして出てきました。

そんな西部劇俳優の大スターだったイーストウッドは、この映画撮影時の実年齢おそらく35、6歳くらいです。僕と同い年。周りの顔がすごいから幼いようにも見えますが渋い‥かなあ。どうでしょう。
イーストウッドの顔は、もちろん格好良いんですけど若いか老けてるかはどっちにも見えるし、男女どっちに人気あるかといっても‥どっちにもありそうだし、みたいな顔‥ですか?今は超渋いおじいちゃんですけど、この頃も二枚目な上になんだか気になる面構えでとても魅力的です。

この主演のイーストウッドに“良い奴”が割り振られているのですが、それは‥?というのも大事なポイントだと思います。原題のつけ方がそう効いてくるのかと感じました。善悪の捉え方とか至極真っ当だと思います。
「そうこなくっちゃ!」と発した事は無いけどよく見るセリフが頭に浮かびました。

この辺、本家のハリウッド版の西部劇が、ネイティブアメリカンの扱い等で差別的な意味合いを含んでいるのが原因で敬遠され始め、元気が無くなって行く事への反省があったのかどうか、調べてないのでわかりませんが、ちょっと興味あります。
そういうリアリティは大事に考えられていたのかな。

あと他にも、オープニングや音楽がとても強烈で、特にエンニオ・モリコーネの、これも作品の撮り方と似た印象だったんですけど「何じゃこりゃ?でもすごくグッとくる!」という音楽は、文章やイラストで説明できる気がしません。でも冒頭に書いたようにセリフが少ない分、音楽が場面説明を十分に補足して特別な効果を感じました。

音楽や映像が雄弁に語る作品は素晴らしい物が多く、時代時代に発明された手法に唸りますが、特に抽象的な音楽の、なぜ歌詞もないのにそんな事が国も時代も飛び越えて出来るのかについては大変不思議です。ん~、思い切って無理に答えを出すなら、原始時代くらいからの長~い目でみれば、時代も国も越えてないからかなあ。と平和的な事を考えてみました。
でも実際、音楽のマイナーとかメジャーとかコードと聴き手の気分の関係に、根拠無いらしいですからね。遺伝子に書かれてるってのがギリ根拠みたいな感じかもしれません。

 さてさて、そんな感じで「続・夕陽のガンマン」について考えたり書いたりしてる間、かなり退屈がしのげました。
あー、初めてで色々迷った。今回はこれくらいにしようかな。

 

1_zokuyuhino


次回はイラストレーター、タナカリョウスケさんから「荒野のダッチワイフ」です。


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