イラストレーター 渕上コウジが各地の史跡をめぐり、
歴史のロマンにインスパイアされてイラストを描く歴史エキシビション、
略して「レキシビション」。

【第4回】岸岳城の巻

さて今回おとずれたのは、佐賀県唐津市の岸岳(きしだけ)城です。
この岸岳城、歴史の表舞台に登場するようなメジャーな城ではないのですが、
別の意味で超メジャーな城のようなのです…。

 

岸岳城は佐賀県唐津市北波多にある岸岳(標高320m)山頂にある山城で、
肥前松浦に一大勢力を築いた松浦党の最大勢力であった波多氏の居城です。

松浦党の源持(みなもとのたもつ)が波多郷を与えられて独立した際に築城。
持は波多氏を名乗り、約400年後の17代・波多親(はたちかし)まで続きました。
文禄2年(1593年)に豊臣秀吉によって波多氏が改易され、所領には唐津藩主・寺沢広高が入ります。
そののちに廃城となりました。

岸岳はかなりの急峻ですが、山頂付近までは車で上れます。駐車場もあるので安心。
駐車場から案内にしたがって登山道を進みましょう。

 

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登山道がちゃんと整備されているので、比較的歩きやすかったです。
15分ほどで尾根にさしかかります。

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ここを左に行くと

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北側に展望がひらけ、足下の岩には直径5cmほどの穴があいています。
これが旗竿石と言われるもので、かつてはここに旗を立てていたとされています。
遠く唐津湾まで見渡せるこの岩が物見台のような役割りを果たしていたんでしょう。

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さきほどの案内板まで戻り、本丸の方へ進みます。
岸岳城は、岸岳の尾根に南北1kmにわたって築かれた細長い城ですが、
二つの堀切(ほりきり:峰や尾根を堀で切った山城特有の防御手段)で分断されています。

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三の堀切。これを渡ると三の丸。

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下をのぞくとこんな感じ。

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三の丸と二の丸を隔てる「二の堀切」

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こんな山の上に立派な石垣が。寺沢家の時代のものと思われますが、
幅10数メートル、高さも7、8メートルはあって城の防御力を高めています。
この堀切を越えると二の丸です。

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二の丸には古井戸が残っています。
山頂の城ですから、水を確保するのも大変だったでしょうね。

 

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そのまま進むと、広い場所に出ます。ここが本丸跡。

 

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本丸の片隅に慰霊碑がありました。
文字が薄くなって読みにくいのですが、波多三河守と書かれています。

この城の城主であった波多三河守親(はた みかわのかみ ちかし)は、
朝鮮出兵からの帰国途中、秀吉より突然の改易を申し付けられます。
過去に豊臣秀吉による九州征伐に参陣しなかった事、
朝鮮出兵の際、鍋島直茂に従うよう命ぜられたが、それに反発し、
鍋島の陣を離れ波多軍独自の陣を構えた軍令違反などが理由のようです。
そのまま帰国を許されず、常陸国筑波に流され、二度と岸岳城に戻ることなくその地で没しました。

主君を失い生きる望みを失った家臣たちの多くが主君の後を追って切腹。
残った者たちも、波多氏の後にこの地に入った寺沢氏による残党狩りで命をおとしたそうです。
地元では彼らを「岸岳末孫(きしだけばっそん)」とよび、今でもその怨念が渦巻いていると信じられているようです。
岸岳城の近くの瑞厳寺には旗本百人腹切り場所というのもありますし、周辺には彼らのものと思われる無縁仏などが多く残っており、それらを粗末にあつかうと祟りがあると言われています。

(そんな話は全然知らず、今回、「時々ドライブ中に看板をみかける岸岳城ってトコに行ってみよう」と
軽い気持ちで選んだ岸岳城。事前にウェブ検索したところ、A級心霊スポットとしての怖い話がたくさん出て来ました。行く前に読むと怖いので、極力目に入らないようにして行きましたよ。)

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慰霊碑に手を合わせてから本丸を後にし、三左衛門殿丸を抜け200mほど進むとこの城の南端です。

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姫落し岩という、恐ろしげなネーミングの巨石があります。
敵に攻められた波多氏の姫君がこの岩から飛び降りたという話もあるようですが、本当のところは分かりません。

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岩の上にのぼると、その先は100mの断崖絶壁。

 

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姫落し岩の近くには抜け穴と言い伝えられている穴もあります。
埋蔵金が隠されているという、そそられる話もありますが、
岸岳末孫の話を聞いてしまっては、掘る勇気もありません。

 

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傍らにはこんな碑もありますしね。
(「鬼子嶽」と書かれるとなおさら怖い感じしますね。)

 

歴史のドラマと伝説に彩られた岸岳城。
堀や石垣といった遺構も多く残っていて、見応え充分なお城でした。
後で調べてみると、「岸岳末孫」の話は城につきものの怪談や噂話のレベルでなく、
地元の人々の中に深く根付いた祟り神信仰のようなもののようです。
突然この地を追われた波多家の人々に対する同情や
時の権力者、秀吉や寺沢家に対する反発などが、
そういった信仰を育んでいったのかもしれませんね。

 

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岸岳城址:
JR筑肥線唐津駅から車で30分。
国道202号「徳須恵上」信号を東へ。県道52号を500mほど東進すると登城口まで案内板あり。

 

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